自分がつくったものが、自分のものではないって普通のこと?

おいしいパン工場で働いている、ということをちょっと想像してみましょう。

小麦や卵など素材を仕入れてきました。

まぜて、こねて、寝かして。

そんで工場の釜で焼きます。

わ〜おいしいパンの焼き上がり。

それをトラックに乗せて、売り場へ運びます。

店員さんが売ってくれて、

お金が入ってきます。

そのお金を、仕入れ先に支払って明日の材料を買います。

のこったお金をみんなで分けて、私のお給料になります。

工場長も「みんな今日も朝はやくからありがと〜。明日もよろしくね。」

明日の朝に備えて早くねます。

この記事を書いた人

誰もが皆アーティストである。だから勇気を出してやってみようよ。毎日発信を続ける朝活YouTuber鈴木ひろおが2022年12月より毎日連載でお送りしています。

メルマガ 「40代男性、居場所がない人への処方箋」集中連載中!作家兼プロデューサー、絵描き兼カメラマン、ベーシスト兼ドラマー、フルマラソンランナーでトライアスリート。

パンの製造途中の事件

ある日事件が起きます。

「私がパンをこねてるからおいしいんだと思う。だから私がこねたパンは私のものだ!」

パンこねの名人が怒りながらそういうのです。

そしてこねたパンの種をみんな持って帰ろうしています。

「待って待って、そのパンの小麦は工場で、みんなのお金で買ったものよ。だからあなたのものだけじゃないの。」

「そうだそうだ。それに、そのパンは僕が上手に焼くからおいしくなるんだよ。」

「むむむっ。それもそうね。でも私は一人で全部、自分のこだわりのパンを焼いてみたいのよ。」

工場長が言う。

「そうか〜。その気持ちも分かる。じゃあ、パンこねさんが一人でつくるパンってのも食べてみたい。是非やってみなさい。」

「はい!がんばります。」

パンこねさんは一人で全行程をやってみます。

もちろん素材は工場長からもらい、釜もつかわせてもらいます。

「出来たわ、私がつくったパン!」

工場長は、そのおいしくできたパンをトラックにのせて出荷して売り切れました。

「すごく評判がよかったらしいよ。」

「わーい。」

「はいお給料。」

今日の分のお給料は、いつもより長く働いた分のすこしだけ多く入っていたけれど、

「パンこねさん、今までありがとうね。今日でお別れです。」

パンこねさんは解雇された。

工程が分断されていたから?

パンこねさんは、芝生に寝転んで夜空の北極星を眺めながら考える。

私は今までパンをつくっていたと思っていたけれど・・・。

パンをこねているだけだった・・・。

パンを全部つくってみた時、すごい幸せな気持ちになれた。

これまでずっと、イライラしてたんだな〜って思った。

工程を分断されることで、

私達は力を奪われていたのかしら?

私は全行程やらせてもらって、

大変さもよくわかった。

でも同時にパンをつくる喜びをもっと味わえた。

いつもより、おいしくてよく売れるパンが出来たわ。

あのパンは誰のものだったのかしら?

確かに、私はいろんなものを

工場長から借りて、つくったけど。

あのパンは、どうして工場長のパンなのかしら?

自分で作ったものが出資者のものになるのは自明のことではない

パン工場だから分からないけれど、

あなたが研究したり、著作したものが

職務研究や、職務著作だったとして、

それが当たり前に出資者のものではないのである。

本来は著作者のものなのである。

とはいえ、

売れようと売れまいと給与を払って支えてくれた出資者に

感謝してリターンを配賦する必要はあるし、

お互いに協力しあってそこにたどり着いたものではる。

しかし多くの場合、職務著作、職務発明だからと、

私達は、出資者、経営者の論理に飼い慣らされ過ぎているのである。

パンこねさんのように、ちょっと休んで疑う機会が必要なのである。