毎日に彩りを加える

写真は南天の実である。もう終わりの頃か。

花を飾るのが好きで20年位前から定期的に部屋や事務所やいろんなところに切り花や植物を置くのが好きである。

もちろん育てるのも好きだし、自然なものを愛でるのも好きである。簡単にできるし、その彩りで毎日が華やかになる。そして心が潤う。

季節を感じない暮らし

毎日カレンダーは進む、というかもはやカレンダーをみることも少ないのでは?

スマホの日付、ネットニュース、テレビなどで今日が何月何日かを把握するでしょう。

さらに、仕事の進捗やガントチャートで今日がクォーターの何パーセントがおわったかを意識しているかもしれません。

クォーター、四半期、わかりやすいけどなんとも悲しい響きである。

太陽と月がのぼったり沈んだりして、空気や水や土があったかくなったり、冷たくなったり、ぬれたり乾いたりするのが元である。

それに名前をつけて、人間が理解できるように解釈したのが季節であり、毎日の日付である。

毎日、ということがそもそも嘘かもしれない、というか人間がつくりだした概念である。

概念に概念をのせて暮らしているのが、現代の毎日である。

たまには概念を外して、自然と季節の中に身をおいてはどうだろうか。

季節を感じない暮らしは、営み、暮らしではなく、経済活動である。

私たちは経済活動をするために生まれてきたのではないことはおそらくおわかりのことでしょうが。

ストイックに季節の巡りを楽しむ

一つ目標にしていることがある。

ストイックなお花の教室では、自分の庭・自分の山で摘んできた植物しか生けるのにつかってはいけないというストイックなところがある。

買ってきたりしちゃだめなのだ。

そうなると1年を通じて、生け花に仕立てるにあたって計画的に植物を育てないと活けないし、野草にも目を配って山を手入れしていかないといけない。

でもそこまで到達したら楽しいだろうなと。

そして逆に無理がないのかも?と思うのである。

切り花や生け花は、消費っぽい側面がある。

本来、草は山に生えてるものだからである。でも自分の山でそだって、ちょっと摘ませてもらって自分の家に生けて、新しい意味を持つなら許してくれるような気がするのである。