人生ゲームの難易度を上げすぎない<やる気が出ない3つの理由 #4>

(とどろき競技場のハードルにて。30才くらいの不健康な男とハードルの図。素材集より)

目標、的を絞ると難易度が上がる、のだけれど・・・

 今日を生きる、というのがすでに難易度が高い目標です。今日をしっかりと生きてますか?そう胸を張れますか?今日は昨日とも違う、明日とも違う。今日というあなたの人生なのです。

「なんか毎日つまんないな」

 と思ってる人は、「かけがえのない自分。その特別な今日という一日はたくさんの幸福があるはず!」という風に、自分の人生のハードルを相当に上げているのです。

 逆説的に言えば、最大にゲームを楽しんでいるとも言えます。「現状に不満がある」ということはハードルを前に立ち往生している、壁に衝突していると言うことです。これを乗り越えたら相当なカタルシスがありますし、魂のレベルではこの満たされない現状を人生のスパイスとして楽しんでいるとも言えます。

 ただ、なかなかそう達観して楽しめないですよね?

 これは難易度の上げすぎ、的の絞り過ぎなのです。

「毎日つまらない」と言ってる人は「受け身なまま・自ら行動せずに」

 毎日宝くじに当たって、毎日美女やイケメンに告白されて、毎日とんでもなくおいしいものが食べられて、毎日何かの賞を受賞して、毎日人が遊びに来てくれて、毎日誰かから感謝されて、と最初から的を絞りすぎ、ルールを厳しくしすぎ、難易度度を上げすぎと言えるのです。 最初のハードルが高すぎて、もうそこでゲームを諦めてしまいます。

 イメージしてみてください。

 スゴロクや人生ゲームの最初のコマで「サイコロを一〇個振って、全部で六が同時に出るまで一歩も動きません」と言い張っているようなものです。

 あなたはもう何十年も最初のコマにいます。そんな状況どうですか?

もっと縛りを緩くして、サイコロの目が二〜三、いや一でもいいから一歩出た方が、世界もゲームも広がりますよね?

ゲームの難易度をいきなり上げすぎなのです。

なんでも良い、ルールをゆるくする

 思ったより早く起きれた、それだけで100点満点。忘れずに歯を磨けたそれだけで200点オーバーです。すべては自分で決めたルールなのです。それも自分が困難さを超えられるかどうか?というのを試すゲーム。

 超えても超えなくても本当はどっちでもいいハードルなのです。楽しむためのゲームですから。

 朝、歯を磨くというのをミッションとしたゲームです。磨けなくても、ちょっと口臭が臭いだけでたいした話ではありません。しかし歯を磨けると爽快です。そして「わたしって、今朝も歯を磨けて大人の女って感じね」と自己肯定感があがります。そうすると「朝だけじゃなくて、夜も磨けるようになりたいわ」とさらに困難さのハードルを設ける自信が湧いてきます。

<やる気が出ない三つの理由>