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夏至の前の大掃除、部屋に溜まった自分の残骸

夏至、夏に至る。

なんとも素敵な響きではありませんか。

日が最も長い1日となります。

その日から新しい流れになっていくことは、

間違いないでしょう。

その前に大切なことは大掃除です。

ある程度ものが増えてしまうことは仕方がない

クリエイティブ、創造的行為をすすめていくと、

どうしても道具や、

作り出したアウトプット、

その残骸が増えていく。

そういったものたちが、

クローゼットやひきだしの中に積み重なっている。

子ども時代を思い出してもらうとイメージしやすいけれど、

創作が始まるに至るまで、

気の向くままにあれこれと彷徨う興味関心の結果、

何の一貫性もない本棚にならった雑多な本や漫画、

穴の空いた洋服、

派手でとてもきれないけど可愛いシャツ、

珍しいマスキングテープやひろった貝殻や流木、

蝉の抜け殻、

気に入ったマグカップまで、

とにかく、いろんなものが増えていく。

ハサミが3本もあった、ということもある。

自分が脱いだ皮

それらは、役目を終えたものである。

新陳代謝、あたらしい自分になった後の

こないだまで着ていた、自分を守っていた皮膚である。

自分が成長して、脱いだ皮が倉庫の中に

大切に保管されている、ということが往々にしてある。

その皮はもう着れないのだ。

手帳や日記と別れる。

日記をつけることを大切にしてきた。

手帳をつけることも同様。

手帳書いて、日記書いて、ブログも書いて、瞑想ノートも書いて

とにかく書いて書いて書きまくっている日々だったのですが、

つまるところ、

それらすべて過去への執着だった、と思うのです。

この春から、日記と手帳を封印したのです。

で、6月から太陰暦の手帳を買って、

日々の記録はつけないものの、

季節の流れを想像して予定を立てたいというニーズは残ったのでそれは復活させた。

しかし、日記や過去の振り返りの詳細な記載は、今も封印している。

そしてこれまでため込んだ過去の手帳、日記、瞑想ノートというものが

小さい段ボールに収まるくらいはある。

「なんとなく読み返したりするかな」「ネタにする日がくるかも?」

「過去はこんなことをかんがえていたのか、私も成長したな〜」

自分を勇気づけるようなものかもしれない、と、これまでとって置いた。

しかし、ふと夏至を前に、すべて廃棄することにした。

悲しかった寂しかった感情を、抱きしめてそして別れていく

冬から夏至にかけての

内省の旅の中で、

コロナが始まってからの数年の、寂しかった事、悲しかった事を考えていた。

ここ数年どころでは収まらず、

40年前まで遡っていろんな出来事を振り返ってきた。

それらは、ずっと抜けないトゲや、化膿した傷口のように、

風や陽の光が当たらないように自分で一所懸命、クローゼットの中に守ってきたものたちだった。

それを振り返ってあげることで、

はじめて風に触れて、

陽に触れて、

そんな悲しかった出来事も、

自分にとって意味のあるものだったんだな、と抱きしめることができた。

そうすると「あ、夏至が来るよ。もうお別れの時間だよ。」

と彼らは風と共に去って行ったのである。