「夫を取り替えたい、
って思うことない?」
女性はアイスコーヒーの氷を
かき混ぜながら、
悪戯っぽく聞いた。
「そんなの年中ですよ。
よその優秀な夫の話
よく聞くじゃないですか。
そういう奥さんは
ラッキーだなと思います。
ただ、
取り替えたいのか、
いなくなって欲しいのかは、
ちょっとわからないですけど。」
香織も冗談めかして返す。
「優秀な夫も、
きっと面倒なことが
ありそうじゃないですか。」
「そうよね。
同じだったりして、
みたいな。」
女性も笑う。
そして
「それなら、
自分が取り替えられる、
っていうのはどう?」
「どういうことですか?」
「あなたが別人になる、
っていうことよ」
「そうですね、
それの方が、
興味あるかもです。」
女性はにこりとして
香織の目を見つめた。
「これって何かの勧誘ですか?」
香織が女性に聞く。
「そうね、
勧誘といえば勧誘なのかも。
でもお金をとったり、
何かを売りつけたりするつもりはないわ。
あなたに興味があるだけよ。」
「ふーん」
と香織は曖昧に返事しながら
女性の顔を見る。
鏡に写したようなそっくりの顔が喋り、
動いている。
しかし左右が反転して見える。
鏡では無いからだ。
不思議な感覚になる。
「別人になる方法は、
女なら簡単で、
メイクするだけよ」
「そうですよね。
メイクで全然変わりますからね。」
「私、いろんなメイクができるし、
自分と同じ顔なら
尚更上手にできると思うの。
メイクさせてみてくれない?」
「これからですか?」
「今日時間あるんでしょ。
メイクルームがあるし、
面白いと思うよ。」
強引でそっくりな女性に
半ば流され、
香織は渋々承諾する。
「私は、
そうね・・・、瞳見よ。」
「瞳さんですか。
私は香織です。
メイクしてみます。」
瞳見は誰かに、
ビデオ通話をかけた。
「今から家を出るけど、
どこで待ち合わせればいいんだっけ?」
そう言いながら、
こっちに画面を向ける、
香織の顔がカメラに映った。
相手側の画面には
見慣れた均の顔が映った。
「え、私のスマホ?」
均が何か考えている
「ああ、えーと
えーと、待ち合わせ場所は・・・、
え、駅とか?」
画面の中の均が答えた。
「わかったわ、駅ね。9時には着くと思います。」
瞳見はそういうと、
ビデオ通話を切った。
「そういうことだから
もうすぐ、
夫が迎えにくるわ。」
「あなたの顔見ても
わかってなかったわね」
瞳見は悪びれもせず
楽しそうだ。
「もう、
勝手なことしないでください
どういうことですか」
香織は半ば呆れ、
瞳見に詰め寄る
「私たちと、
ゲームをしない?」
「私たち?ゲーム?」
瞳見が、
香織の方に手をおいて、
鏡を覗き込む。
「そう、
あなたは、
別人になりきる。」
ゆっくりと目を見ながら、
瞳見は続ける。
ほのかに甘い匂いが
香織をくすぐる。
「そして、
あなたの夫は
訳あって
あなたを別人だと
思い込んで接してくる。」
「そんなこと・・・、」
そう言いかけて、
さっきの様子を思い出した。
もう別人だと、
思っているかもしれない。
ありえることだ。
「あなたの夫が、
あなたに気がついたら、
あなたの勝ちよ。」
「もし
気がつかなかったら?」
瞳見がいう。
「それは、
その時になってみないと
わからない。」
香織が答える。
香織は、
優しく微笑んで
瞳見を見る。
鏡の中に座っている
美人が頷く。
二人は、
これまで来ていた
服を交換して着替える。
そして
ヘアメイクを仕上げる。
「ほんと、
別人ね。
今日は、瞳見、ってことで。」
「そうですね。
私でも
よくわからなくなります。
メイクってすごいですね。
この服も軽くて着心地良くて、
すみません、お借りしちゃって」
「いいの、いいの。
楽しんできて。
仕事は、任せといて、
うまいこと
やっておくわ。」
「せっかくだから、
記念写真撮りませんか?」
香織は、スマホを取り出して、
カメラを構えて、
二人でポーズをとって
記念写真を撮った。
瞳見が、バッグから
ハンドクリームを出して、
手に塗ってくれる。
「なんか、
いい匂いがすると思ってたけど、
これだったんですね」
「そう?」
瞳見は、
ハンドクリームが塗り終わった手を、
軽く握りながら
「おまじないよ」
と笑った。
編集後記
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