クリーニング|夫婦のための連載小説 #08

香織は、均の妻である。

香織は、
混み合うコーヒーショップの
テラス席でコーヒーを飲む女性の前を
通り過ぎようとした。

その女性が視界の端に、
引っかかって剥がれない。
振り返ったら、
失礼かと思ったが、
振り返らずにはいられない。

スマホを見るフリをしながら
立ち止まって、
ゆっくりと振り返る。

止まった香織に
気づいた女性が顔を上げる。

その顔と目が合った。
思いっきりタイミングがあってしまった。
顔を見たくて振り返ったのは
あからさまであろう。

人違いでした、などの挨拶をして、
やり過ごすしかないかもしれない、
など考えていた。

しかし、
その顔を見て、
香織は息を呑んでしまった。

座っている女性が
先に口を開いた。

「私たち、似てますね」

照りつける夏の日差しの下だが
香織の背中に冷たい汗が流れる。
何か見てはいけないものを
見てしまったような気分である。

「失礼しました。ジロジロ見てしまって」

香織は申し訳ない気持ちを
とりあえず伝える。

その間も、ずっと座っている女性の目を
見続けてしまった。

「ちょっと座りませんか」
女性に席を薦められて、向かいに座る。

「私たち、そっくりですよね」

プラスチックの椅子を引いて、
香織は席につく、
正面で同じ高さになり、
女性の顔をまじまじと覗き込むように見る。

「何か飲む?」

「あ、私頼んできます。」

「いいのよ、きっと私のが年長だから。」

「え、いや」

「まあまあ座ってて、アイスコーヒーでいいかしら」

「はい、それじゃ。すみません。アイスコーヒーでいいです。

ありがとうございます。」
女性は立ち上がって
ドリンクカウンターに注文に向かった。
立ち上がった時に、
ふわっと、いい香りが流れた。
なぜか少し懐かしい気分に包まれた。

自分とそっくりな女性は
アイスコーヒーを
買ってきてくれて
元いた席についた。

「ありがとうございます。すみません、
はじめてあったのに、ご馳走していただいて。」

「いいですよ。こちらから声をかけたんだから。
お仕事の時間は大丈夫?」

「いつもは早いんですが、
今日は、デスクワークだけにしているので、
ちょっと余裕がある日なんです。」

周りの人たちから見たら、
さぞや不思議な光景であろう。
そっくりな2人が面と向かって
話し合っているのだから。

しかし単に双子であろう、
くらいにしか思わないのかもしれない。
周りからの視線は感じない。

「お仕事忙しいんですか」

「そうですね。業界もあって、
割と忙しい方だと思います。」

女性はしっかりとアイロンが
かかったワンピースを着ている。
洗濯機で洗って
ノンアイロンで済むものではなさそうだ。

忙しく過ごしている自分には、
身だしなみにそんな手間はかけられないな、
と香織は思っていた。

アイロンをかける、
なんて信じられない手間だと思う。
クリーニングも毎日のこととなれば高額だ。

きっと余裕のある暮らし、
丁寧な暮らしをしているのだろう、
そんなことを考えながら
ワンピースを見ていた。

「これ、
ポリエステルが多く入って、
ノンアイロンなの。
洗濯機で洗えて、
ちょっと信じられないでしょ」

まさに考えていたことを
女性が口にしたので、
香織は驚いた。

「え、ほんとですか。
そんなワンピース、
ちょっと欲しいかも。
いいですね。」

「アイロンなんて、
かけてられないわよ。
20世紀じゃないんだから。」

「そうですよね。わかります。」

「まさか、夫のワイシャツの
アイロンがけなんてさせられてる?」

ちょうどそのことを考えていた。
香織はたまに夫のシャツに
アイロンをかけている。

ノンアイロンのシャツが足りない時、
クリーニングが間に合わなかった時、
夫が自分でかけたアイロンが
あまりに酷かった時だ。

女性は、
香織の表情を見て頷きながら、

「それは虐待ね」

と笑った。香織も思わず笑った。

編集後記

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