取り替え可能|夫婦のための連載小説 #05

「私は瞳見、
ひとみだから、
よく目をあけてみなさい、
っていう意味なのかな。」

「そうなんですね・・・。
瞳見さんかぁ。

あ、
いや、
そうなんだぁ。」

高雄の妻の
名前がわかって、
ほっとしてしまった。

「名前で呼んでほしいよね」

瞳見が高雄に聞く。

「え、どういうこと?」

瞳見が続ける、
「夫婦でもカップルでも、
ママでもパパでも
お互いをどう呼ぶか、
って大事じゃない?って
ことなんだけど。

あなた、
とかダーリンとか、
なんでもいいんだけど

それって
役割の名前、だったり、
記号、でしかなかったり、

つまり、
取り替え可能
だったりするから。

そういうのって、
寂しくないですか、
って思って。」

取り替える、
という言葉ができて
高雄はドキッとする。
心拍数が一気に30くらい上がる。

しかし
それだけではないだろう。
瞳見のメッセージが
胸に響いて、
動悸がおさまらないのだ。

こういう時、
均は、どうしただろうか。
照れくさいし、
もうその話をやめたいと
思っていたかもしれない。
何も言わず、
車のカーステレオでも着けたかもしれない。

高雄は勇気を出して
妻の名前を口にしてみる、
なるべく自然になるだろうか。
「瞳見、」

「高雄、」
瞳見も、答える。

「あらためて、
名前を言うと、
ドキッとするね。」
高雄はさらっと
今思っていることを口にしながら、

渋滞の信号待ちの中で、
瞳見をしっかりと、はじめて見つめた。

目が大きくて、
目力がある、
魅力的で、
素敵な女性だなと思った。
ずっと前から
知っている人のような
気さえした。

「もう少ししたら
お店が開くから」

と、
車を停めるところを探していた。

都内の車移動は、
駐車場探しの旅でもある。

大きな商業施設の地下駐車場へ。

はじめて停めるけれど、
こんなに大きな駐車場があるのだな、
と思いながら進むと、10分300円の文字。
これも、
都内の車移動の必要経費なのか、
と驚きながら、車を進めた。

お店が開くまでの間、
二人はコーヒーショップに入り、
他愛もない会話を
楽しんでいた。

最近見た動画の話、
今朝のニュースやゴシップの話、
今日も暑いね、
と言う話。

誰だかわからなくても、
はじめて会った人でも、

高雄ならきっと
こんな風に話しているのだろう
と思って続けたら、
均にも意外に話せるものだった。

「今日は
二人とも休みだから、
平日にデートしよう、
とは聞いてたけど、
プールに行くとは
思ってなかったよ」

「すいてそうだし、
暑かったから。」

急に言われて
他に思いつかなかったから
が一番の理由ではあったが。

「どんな水着を買おうかな」

これから寄りたいと
話していた
イタリアブランドの水着のお店を
スマホで瞳見が見ている。

指でなぞると次々に流れるのは、
鮮やかなカラーで、均には眩しかった。

お店がオープンし、
二人は早速見にきたが
平日の昼間で他にはお客さんは誰もいない。

均は水着のお店だと思っていたけれど、
下着店だったので、
入るのに躊躇した。
入っても、ドギマギしていた。
海外ブランドの商品達は
みなカラフルで、これどうやって着るんだろう
という物ばかりだった。

「人気のお店でも、
平日の昼間なら
こんなに誰もいないんだね」
瞳見が言う。

「誰もいなくてよかったよ、恥ずかしいよ。」

「ご夫婦でいらっしゃる方も多いですよ。」
お店のスタッフににこやかに声をかけられた。

均はその時、ふと思い出していた。

グラビアアイドルに憧れて育った世代の均は、
高校生の時のお正月に書いた将来の夢リストに
すごいセクシーな水着を、
いつか彼女や奥さんと買いに行ってみたい、
と書いていたことを思い出した。

なんてアホな目標だろう、と思ったけれど。
今、そんなことが現実になろうとしているかもしれない。

明るい水色の
布は小さめだけれど、
上品なデザインの水着を
瞳見が選んでいる。

「それを着こなしたら素敵だろうね。」
と高雄は言う。
「でも、男性はギョッとするかも。」
と均が言う。

「モテたいとか、
男が喜ぶと思って
水着を選ぶわけじゃないのよ。」

瞳見は水着を選びながら答える。

「その水着が
シンプルに
可愛いとか
かっこいいとか
着たら気分が上がるかな、
みたいなことで。」

振り返って、高雄を見る。

「そういうの、
男性はみんな勘違いしているよね。」

高雄は苦笑いをして
「失礼しました。」
と答えた。

編集後記

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