名前を呼ぶ|夫婦のための連載小説 #04

高雄が別人であることに、
女性が気づいている
様子はなかった。

おそらくいつも通り
なのであろう
自然な様子、
の素振りである。

こんな時、
どう切り出せば
いいのだろうか。
均は頭をフル回転だ。

そもそも
これから
どうするのだろう。
一体なんのために
待ち合わせしたのだ。

「今日って
どうするの?」

まさに
思っていたことを
女性が口にしてしまった。

それは
均も聞きたかったことだ。

「どうしようか」

と均なら
答えていたかもしれない。

ふと、
自分たち夫婦の瞬間が
思い浮かんだ。

「そういう
何にも決めてない
興味なさそうな感じ、
よくないよ」

妻に合わせるのは
優しさでもあるし、
自分で考えるのが
めんどくさいからでもあるし、
そもそも、
何も思いつかない、
ということでもある。

高雄なら
なんて返すだろうか。
女性に丸投げするような
主体性の無いことは
しないのかもしれない。

相手がどこに行きたいか、
気にしすぎていたのかもしれない。
自分が行きたいところを
言えばいいのかもしれない。

「暑いから、
プールに行きたいし、
冷たい飲み物でも
飲むなんて
どうかな?」

なんて答えるだろうか、
と思っていたら、
思わず先に口からこぼれていた。

「プールか、水着が・・・、」

女性が途中まで言いかけて

「買ってもいいし、
レンタルしてもいいか。
いいね。
プール行こう。」

弾んだ様子で、
答えた。

「行ってみたかった
プールがあるの」

女性が、
スマホを取り出して調べる。

「ここなんだけど」

白いパラソルと
ビーチチェアが
並べられた
外国のリゾートのような
森の中にある
落ち着いたプールだった。

「こんなだけど
東京の真ん中なの。
贅沢じゃない?」

都心の
老舗ホテルの
プールだった。

「ナイトプールが
有名らしいけど、
宿泊客もいるから
デイタイムから
やってるみたい」

いくらなのかな、
と頭をよぎったけれど、
高雄はそんなことは
気にしないのだろうと
思った。

「いいね、
行ってみようか」

EV車はすごいスムーズだ。
タイヤの音が気になるくらい
音がしない。

なんていい車だろう。
そんなことを思いながら、
均は車を走らせる。

車でよかった
と思っていた。
緊張と恥ずかしさで、
顔を直視できない。
運転していれば、
そんなに女性の方を
見なくていいからだ。

しかし、
沈黙だ。

知らない女性と
一体、車の中で
なんの話をすればいいのか。

ぐるぐると考えるが、
ますます沈黙である。

そして、
1つ重要な問題を
抱えている。

女性の名前が
わからないのだ。

自分の妻の名前が
わからない夫が
いるはずがない。

高雄の妻の名前、
そのくらい
教えておいて
くれてもいいのに、
と均は悪態をつく。

名前、
をどうやって
聞き出したらいいのか。

異様に喉がかわく。
さっきから
一言も発していないのに。
六本木は
まだ通勤の渋滞である。
なかなか信号も変わらないし
信号が変わっても
全ての車が
通過しきれない。

何か、
話さないと。

何か、
話してくれないかな。

自分から
名前を言ってくれないかな。

高雄なら
どういうだろか。

「そういう
女性になんでも
お膳立てしてもらおう
っていう
マザコン男を、
マグロ男子って
いうらしいよ。
それじゃ、
マグロが可哀想だよね。」

その通りだ。

均は、
なるべく自然になるように
話し始める。

「本で読んだんだけど、
自分の名前の由来を知ると、
自己肯定感がアップするらしいよ。

僕の名前の高雄は、

高みを目指して、
雄大な心を持って
生きてほしい、
って言うイメージだと思うんだよね。」

窓の外を眺めていた女性も
振り返った

「高雄・・・、
そうかもね。
悪い意味にとらないで
欲しいんだけど、
昭和の真っ直ぐさが出てるよね。

高く、雄大、
って令和の時代だったら
気恥ずかしさもあるじゃない。」

なんだか、
自分が褒められている
ような気持ちになって、
均は自分の自己肯定感こそ
上がってしまったな、
と考えていた。

編集後記

メルマガで連載小説の何週目と書いてある箇所、ずっと1周間違っていた。

ブログへのアーカイブは4週目、メルマガでは6週目まで連載済み。

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a new thing a day

2023/09/09(土)の1日1新は、

宇津木の森で、栗拾い。