飽きてる男#3 平日昼間の中年男

誰にも見つかってないことを祈りながら襲われた現場を後にした河合。
我孫子にくっ付いて走って行くと、繁華街のはずれにある家電量販店の入り口まで逃げてきた。走り続けてきた二人は息も絶え絶えである。

しかし、我孫子は見かけ以上に脚が早い。追いつくのがやっとで河合は驚いていた。身体を鍛えているつもりだったが、こんな男に負けるとは、と肩で息をする小太りな中年を見下ろして思っていた。

「エライめにあった。君、なんの恨みをかったわけ?」
我孫子が河合をにらみつける。

「え、いや。恨みなんて買ってないですよ。
ただ知らない奴かと思ったけど。
今朝、うちに届にきたオーバーイーツの配達員だったみたいです」

「だったみたいですじゃないよ。まったく死にかけたよ」
「ほんとですね、すみません」
河合はあやまる。
「まったく、あやまって済んだら警察いらないんだよ」
「そうか、警察、大丈夫ですかね。」
河合は不安になってくる。
「かーっ。なんて肝っ玉の小さい男なんだ。
だれも見てない!僕たちはしゃべらない、じゃあもう絶対わかる訳ないでしょ。だから僕はつかまらないの!」
我孫子はまくし立てる。
ん?待てよ?
「我孫子さんは捕まらないけど、だって、あいつ俺の家に届けに来たんですよ?じゃあ俺の事、わかってるってことじゃないですか?」

「ん?君はそうかもね。まあ僕には関係ないけど」
我孫子は、踵を返して家電量販店に入っていく。

「ちょっとちょっと、殴ったの我孫子さんでしょ」
「君だって、道で邪魔なオーバーイーツの配達員、いつかぶん殴ってやりたいっていつもいってたじゃん」
「言ってないですよ。それにあったの今日はじめてだし」
「自殺してもいいとか言ってる奴が、逮捕くらいでごちゃごちゃいってるんじゃないよ。ほらさっさと買いもの行くよ」
我孫子は自動ドアを開けて店の中へ。
爆音の店内BGM、涼しい風。

「あれ?ここで何買うんですか?」
「お酒とかお菓子とか、安いのよ。」
「家電量販店でも買えるんですね。」
河合はキョロキョロとしている。
そして、テレビ売り場の先に、お酒の看板をみた。
「あ、あっちの奥ですね。」

二人はスタスタとお酒売り場で急ぐ。
「とりあえず、ビールとか自分が飲むもの買ってね」
我孫子は、何か珍しい海外のお菓子をいくつもカゴにいれている。
「我孫子さんは?」
「僕は、コーラ飲むからいいわ」
「お酒のまないんですか?」
「初恋の人がお酒飲む人嫌い、って言ってたから」
「え、そうなんですか。初恋遅かったんですね」
「僕、いつもあたらしく好きになった人が初恋だから」
「へー、いいですね。それ。」
河合は高級なビールをカゴにいれる。
「そのビールめちゃ高いじゃん?もっと300円くらいのビールあるよ?」
我孫子がびっくりして声をかける。
「なんか、ケチくさいの嫌いなんですよ。お金あるならしっかりお金をつかってあげたいていうか」
「お金があるならねー」
我孫子は、99円のポテトチップスと、138円のポテトチップスのグラム数を比べている。
「君、なんでお金あるの?」
「結構、事業がうまくいってて。仮想通貨系なんですけどね。でも怪しいやつじゃなくて、その取引所っていうか。仮想通貨を取引する銀行みたいな会社を立ち上げて、最近もまとまった投資を受け入れて100億くらい資金を入れられたんで、今は安定してますね。」
「ふーん。桁がよくわかんないや。ベンチャーキャピタルとか言う奴?」
「そうですね。セコイヨキャピタルっていう国内でも信頼できる会社ですね」
「だから、お金の余裕があるのかー。君を見てると、お金があると何でもありがたみがなくなって自殺したいとか言い出すのかもねー」
「そういうもんなんですかねー」
二人はカゴに思い思いの物をいれながら歩く。
「ほら見てあのテレビ、やっぱりお金持ってると良いこと続かないのかもよ?」
我孫子が大画面を指さす。
「ん?なんですか?」
ニュースキャスターが何か大ニュースという形でしゃべっている。

「アジアを代表するファンド、セコイヨキャピタルの代表パートナーが都内の自宅で首をつって無くなっているのが発見されました。実際にはすでに自転車操業の形に陥っていっており、新規の金主から集めた金を回して利息だけを払っていたと見られ、すでに元金は仮想通貨の暴落とともに消失していた模様です。その発覚を恐れての自殺と考えられますがまだ遺書は見つかっていません。」
河合の顔が青ざめる。
そして高級ビールをそっと棚に戻し、発泡酒をカゴに入れ直した。
我孫子が河合の顔を見る。
「だってさ。どこも大変だね。そういえば、君さっき、なんか「セコイヨ」とか僕のこと責めてなかった?」
河合は全身の汗が止まらなくなりその場に立ち尽くしていた。

キャッシュレス 飽きてる男#4

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