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平日昼間の中年男 #5 終わりなき旅

平日昼間の中年男 #4 コンプレックス

男は、ぬるいコーラで喉を潤す。
「そもそも、この店これでエアコン効いてんの?暑いよね。」
男が額の汗を拭いながら効く。

「効いてるはず。なんでかっていうとエアコンが壊れてるんだ。壊れてるから操作できなくて、めちゃめちゃ寒い。たまに小さなツララがエアコンからぶら下がってる」
「マジか。そんなことある?」
自分達がはしゃぎすぎて熱くなっていたと男は思った。
古くさいエアコンを見上げると確かにうなりを上げて冷風を押し出し続けている。
40年以上は経ってそうなビルの、建設当初から着いてそうなビルドインのエアコンは取り替え不能なように壁に溶け込んでいる。
このエアコンならツララがぶら下がってもおかしくないかもな。

「次の勝負で最後か」
男は店員をちらっと見る。
店員は打った腰をまださすりながら笑顔で悪態をつく。
「そうだね、さっさといれろ。この腰抜け野郎」
「うるさい、今選んでんだよ」
男も苦笑いで返す。

「大事なものね・・・。」
そもそも、自分の人生の大事なものって何だろうか。
一体、この勝負に負けて何を奪われるのだろうか。

男は考える。自分の人生に奪われたら困る大切なものなんてあるんだろうか。

男はリモコンで曲を探す、そして送信。
画面に次の予約曲が表示される。
店員はすぐに反応して
「あ、ミスチル。いいじゃん。じゃ、最後はミスチルしばりね」
「縛りとか無いから。お前はお前で好きな曲いれろよ」
「そっか」
そんなやりとり。

「元気がない時に、よくこの曲聞いてたんだよね。」
グラスを見つめながら手を組む。

「あ、なんか打ち明け話しようとしてる?」
「え、ダメ?」
店員が顔の前で手をバッテンに組む。
「僕、辛気くさいのダメなんだよねー。特に中年の男の」
「おいおい、ここまで来たら聞けよ」
ほんと自分勝手で口が悪い奴だと思う。

Mr.Childrenの「終わりなき旅」のイントロが始まる。
かまわず話し続ける。
「桜井さんが俺のことを応援してくれてるとか思ってたんだよね」
店員は目を見開いて男の顔を見る。
「おいおい正気か。桜井さんはCD売ることしか考えてないでしょ。君のことなんて知らないし応援してる訳ないでしょ。
すくなくとも君のことを応援するわけないでしょ。
もっと美女とか金持ちのおじさんとか自分にメリットある奴を応援するよ。
とんだメンヘラストーカー男だな。
おこがましいにもほどがあるぜ君は」

まくし立てる店員に、男は思わず吹き出す。
「まあそうなんだけど。それはわかってるんだけどさ。しっかし、君は口が悪いな、よく思いつくね」

「自分が言われたことの受け売りだから」
店員はそっけなく答える。

「あ、ごめん」

「いいのいいの、誰でもそんなもんでしょ。これを根に持ってどっかで人に言ってやろうと思って言われた悪口ストックしてんの」

「やっぱり、とんでもない奴だな」

そう、だれでもそんな感じで痛みを抱えている。
転んでもタダでは起きない。
数秒の無言の時間。イントロからAメロへとカラオケは流れ続けている。

「でも、やっぱり、桜井さんは俺に歌ってくれてたのかもってそれから25年とか経ってさ思ったのよ。多分、そうやって自分の歌を聴いてくれる誰かを応援したかったんだと思ったんだ」

「ふーん、そんなもんかねー」
ペットボトルに残ったコーラをそのままラッパ飲みする店員。

男は続ける。
「彼も応援しながら応援されてたんだと思ったんだよ。
癒やすことで癒やされたのかなって。彼も救いを求めてたんじゃない?」

「君はほんと暇人だなー。
スーパースターの心境なんて考えたって仕方が無いだろー。
俺たちは何にもやることない中年男なんだぞ」
店員が心配そうな顔で男の顔を覗き込む。

「まあそりゃそうだ」男も笑う。

もう1番のサビも過ぎで、2番へと進んでいた。
男も2番もサビの途中から歌う。

人生は終わりなき旅である。
自分の可能性の扉を怖くても開き続けなければ進んでいかない。

「まあでも確かに、良い歌だね」
店員もしみじみ聴き入ってる様子。

「君が歌ってもそれなりに良い歌だ」
「うるさいよ」

ほとんど歌わなかったので採点は60点だった。

男は採点画面を眺めながら、何にもしなくても60点か。悪くないなと思っていた。
「でもさ、ほとんど歌ってないのに60点て、結構いい加減なもんだねこの機械も」
店員も画面を見ながら返事をする。
「点数をつけるなんてことがそもそもいい加減なもんだから。むしろ忠実だね」

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平日昼間の中年男:居場所がない中年のための短編小説

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